将来の夢がない人の、夢の見つけ方。【何かしたいけど何をすればいいかわからない】

「高校生にもなって夢がない。」

「大学に行っている間に夢を見つける。」

「夢は叶わないから夢なんだ。」

こんなことを、ちらほらと耳にしたことがある人は多いんじゃないかな。

小学生の頃に書いた「将来の夢」はあまりにも現実離れしていて、「本気でなれると思っていたんだな、若かったな。」とため息をつく前に、「夢の見つけ方」を一緒に探求しよう。

出発するね。

 

好きなこと=夢?

あなたは、何か好きなことはある?

楽器演奏や手芸、物語を書くことや、誰かにものを教えるのが好きな人もいるでしょう。

好きなことがないという方はこちらから好きなことを見つけてみてね。

 

「夢」とは

アタシたちが日常的に使う「将来の夢」は、どこからどこまでを指すのかな。

「警察官になるのが夢」というのと「ハワイでスカイダイビングをするのが夢」は何か違うのかな。

この場合はどちらも歴とした「夢」だけど、「警察官」の方には「警察官になって得られる何か」というニュアンスが含まれているのね。

「スカイダイビング」には「興奮や快感を得るため」という焦点がしっかりと定まってる。

ここに、アタシたちが「夢」を持つことのハードルを上げている「何か」があるのね。

 

夢を持つことのハードル

夢は叶えられなかった時に現れる「やぶれた夢」は、アタシたちの人生に大きな影響を与えるよね。

ひとつは、夢を叶えられなかったことによる「自尊心の低下」。要はプライドが傷つけられるのね。

「できると思っていた自分」が「できなかった自分」へと変換されてしまう。

「できなかった自分」を形成してしまうのは「なりたかったモノ」という基盤を夢と混同してしまった時なのね

「結局スカイダイビングは怖くて飛べなかった」は「臆病な自分」を直視することになり、少なからずプライドは傷つくのね。

でも、スカイダイビングの目的は「興奮」と「快感」だったはず。だから、また違う形で「快感」を手に入れる夢をすぐに見つけることができるのね。スカイダイビングじゃなくて、バンジージャンプにしよう、みたいにね。

 

でも、「警察官になりたい」という「夢」を叶えられなかった人はどうなるかな。

警察官になる目的は「誰かの役に立ちたい」や「かっこいいから」など様々な理由があると思うのね。

「警察官になりたい」という目的が「誰かの役に立ちたい」よりも大きくなってしまうと、叶えられなかった時の自尊心の傷はそう簡単に癒えてくれない。

それは、目的のすり替えが起こっているから。

 

それは夢と呼べる?

「誰かの役に立ちたい」という目的が「警察官になりたい」という夢の主導権を握っていないと、なぜ警察官になりたいのか、という夢がぼやけちゃうのね。

ここに目的のすり替えが起こってる。

目的のすり替えが起こってしまうと、本来の「夢」が「夢」と呼べなくなってしまうことがあるのね。

「警察官」は「将来なりたい職業」と呼ぶべきで、それを「夢」と呼んでしまうと、とても限局的なものになっちゃうのね。

この場合でいう夢は「警察官」になったことによって、「誰かの役に立ちたい」が叶えられる。それを夢と呼ぶんじゃないかな。

自分の中の好きが夢につながる

「好き」は「夢」へとつながる。アタシの友人の例を紹介するよ。

例:音楽が好きな彼の場合

彼は昔から音楽が好きだった。その彼が30歳を手前に、「ギター職人になる」と周りの人に宣言したのね。

彼は「自分が作った楽器で誰かが曲を作って、それを自分で聴くことができたら何よりも楽しみでワクワクする」と目を輝かせながら語ってたのね。

彼の夢は「ギター職人」になることじゃなくて、「自分の作った楽器で、完成した曲を聴く」なのね。

もう1人紹介するよ。

例:演劇が好きな彼の場合

彼は高校生を卒業してから演劇の世界へ踏み込んだ。

演劇の楽しさに魅入られ、自分の中の好きが形成されたのね。

彼は、「自分が何かを演じることで、フラストレーションを解放できる。」と話してた。

その彼が今年、起業して「農業と演劇(アート)をつなげる」というコンセプトで会社を動かしてる。

彼の夢は起業家になることじゃなくて、好きな演劇に関わっていくことなのね。

 

「好き」を探そう

夢となりたい職業を混同してたら、夢を探すことは難しい。

自分が何を好きなのかを見つけることが、夢を見つけることに直結する。

自分の中の好きを探求してみて。