きのこ帝国【タイム・ラプス】進化の過程

きのこ帝国の新譜を聴いた。彼らの音楽はもう、アタシには必要なくなったのだと思った。アーティストの方向性が変わってしまうと、ファン「だった」人々は裏切られたと非難する。2018年9月リリースアルバム「タイム・ラプス」を機に、きのこ帝国というアーティストがファン「だった」誰かから冷たい視線を浴びてしまうかもしれない。そう思うほどに劇的な「変化」を遂げていた。

アタシはというと、【また別な「誰か」を音楽で救っていくんだろうな】と清々しい気分で見送ることができた。それほどまでに彼らの音楽には助けられたからだ。

きのこ帝国とは

2012年にインディーズデビュー、2015年にメジャーデビューをした4人組のロックバンド。

13年リリースの1stアルバム「eureka」はその文字通り、どの曲にも何か「悟り」のような納得せざるを得ない凄みがあり、傑作と呼ぶにふさわしい作品だ。初期のきのこ帝国はシューゲイザーの要素が強い。今にも消え入りそうな佐藤千亜紀の声とミスマッチとも捉えられてしまうほどに歪ませたギターの音で、触れるとバラバラに砕け散ってしまうのではないかという絶妙なバランスの上に成り立っている。

曲調は「鬱々とした」という言葉ほど彼らを表現するのに適したものはないというほどに、とにかく「暗い」。真っ暗なトンネルを1人で歩いているような、でなければ荒廃した暗がりの街を歩いている感覚に陥る。しかし、トンネルの出口は小さな灯りとなるように、街の上には星が瞬くように、きのこ帝国の曲には「希望」が見えるのだ。

あいつをどうやって殺してやろうか

2009年春、どしゃぶりの夜にそんなことばかり考えてた

出典元:きのこ帝国「春と修羅」

アタシたち本音と建前を使い分けて生きている。誰かを罵る言葉は道徳的によろしくない、と自身の感情にブレーキをかけてしまう。「春と修羅」では「相手」に暴力的なまでの感情を浴びせる。きのこ帝国は心の奥深くにいる「もう1人の自分」の代弁者であり、汚らしい自分ですらも肯定してしまえるほどに「素直な自分」を吐き出すのだ。

進化と深化

インディーズ

  • 1stアルバム「eureka」
  • 2ndアルバム「フェイクワールドワンダーランド」

メジャーデビュー

  • 1stアルバム「猫とアレルギー」
  • 2ndアルバム「愛のゆくえ」
  • 3rdアルバム「タイム・ラプス」

よくよく聴くと、インディーズ2ndアルバム「フェイクワールドワンダーランド」の曲から、現在の「タイムラプス」の形となるまでの片鱗を感じる。言い方は乱暴になるが、「フェイクワールドワンダーランド」ではすでにポップ的な要素が垣間見えるのだ。ラスト曲「Telepathy/Overdrive」では「eureka」では微塵も感じることのできなかった「快活な少女」が想像できてしまう。

「猫とアレルギー」は全体として落ち着いたバラードが大きくウエイトを占め、「語り」という部分を大切にしているのが聴いていても伝わるほどだ。このアルバムを機に、彼らは大きく変化する。

理解してもらえないという怖さ

彼らのアルバムの根幹にあるテーマは「愛」だと感じる。理解してほしい、理解してあげたいというメッセージ性が込められている歌詞は時々「痛々しい」。

殺すことでしか生きられないぼくらは

生きることを苦しんでいるが、しかし

生きる喜びという 不確かだがあたたかいものに

惑わされつづけ、今も生きてる

出典元:「きのこ帝国」夜鷹

「不確かだがあたたかいもの」形而上的なものの表現であり、そこに人との繋がりが存在しているのだとうかがい知ることができる。自分自身の「痛み」を理解してくれる人がどこかに必ずいる、という幻想に惑わされ苦しみながら生きている。という捉え方ができる。

人間が人間と本当の意味で理解し合えることなど不可能だ。しかし、アタシたちは今日も誰かと会い、誰かと理解し合うために話し、触れる。その「理解しようとする」それを「愛」と呼ぶのであれば、きのこ帝国の曲は嫌味なく飲み込むことができるのだ。

きのこ帝国の変化とは

新譜「タイムラプス」では「他者」に視点がフォーカスされている。「きみ」という「他者」によって呼び出された感情を曲として形にしている。

ああ、きみのこと探してた気がするよ

ねえ、ぼくのこと愛してよ間違いだらけでも

出典元:きのこ帝国「WHY」

初期のアルバムでは自分自身という存在からの内省の視点が多く書かれていたように思うが、これがアタシがきのこ帝国を好きになった理由のひとつだ。きのこ帝国は「もうひとりのアタシ」だったのだ。それほどにアタシの深いところにある感情を顕在化してくれる言葉を代弁してくれていた。

今回の新譜を聴いて、もうきのこ帝国は、暗がりの部屋でひとりぼーっと時計を眺めているという情景に似つかわしい歌を歌ってくれないのだとはっきりとわかった。そこにきのこ帝国の強さを感じたのは確かだし、アタシ自身も進まなければならないと思わせるほどに、「タイム・ラプス」のリリースはアタシにとって衝撃だった。

進化と深化

自分自身を内省する時間が彼らにとっての「深化」だったのだと思う。深い根っこの部分にまで手を伸ばし、不確かなその感情を言葉、メロディーにする。それから生まれた様々な出会いや繋がりが「タイム・ラプス」という「進化」の形なのだと妙に納得した。

さいごに

もう彼らの新譜を期待に胸を膨らませて待つことはない。

それは、彼らとは違う道を歩んでいくためだ。アタシも彼らのように「深化」からの「進化」を成し遂げたいからだ。

きのこ帝国に今まで本当にありがとう、と伝えたい。