不可思議/wonderboyの生きざま。【pelliculeの歌詞の意味を考察】

不可思議/wonderboyという青年が、この世に居た。

ポエトリーリーディング=「音楽に乗せて、詩の朗読」というスタイルで、音楽業界に小さな風を起こしていた。

アタシが初めて不可思議/wonderboyの曲を聴いたのは、20歳の頃。

新しい音楽の在り方に触れた気がした。

 

不可思議/wonderboyとは

2011年、谷川俊太郎の「生きる」という詩を、ポエトリーリーディングでアレンジして50枚限定で販売。そして一晩で完売する。

同年、1stアルバム「ラブリー・ラビリンス」を発売。

翌月、不慮の事故により急逝。

短すぎる人生のに、涙を流した人も多かったと思います。アタシもその中のひとりでした。

 

彼が残した曲の価値

彼がこの世を去ってしまう前に発売した「ラブリー・ラビリンス」は、間違いなく傑作です。

辛い日々の中、背中を押してもらった曲があります。

『pellicule』

気だるい日常を想起させる歌詞、明日もまた今日と同じ苦痛な日々が待っていると感じてしまうループするメロディ。

しかし、言葉は歩く道を照らしてくれる強さを持っています。

不可思議/wonderboyは、心から言葉で理解し合えると信じたアーティストだからこそ、言葉に魂が宿っていた。アタシはそう思っています。

 

pelliculeを考察

歌詞

そうやって俺達はいつまでも待ってた
来はしないとわかってながら いつまでも待ってた
俺達の知る限り時間ってやつは止まったり戻ったりはしない
ただ前に進むだけだ
だから今日は戻らない日々を思い出して笑おう
今日だけ、今日だけは思い出して笑おう
こういうのってあんまり格好良くは無いけど
初めから俺達は格好良くなんて無いしな

出典:不可思議/wonderboy『pellicule』

1番のサビの歌詞を抜粋。

「俺達」は、「何か」を待っている。

この何か、とは「成功」のことではないかと思うのです。

不可思議/wonderboyにとっての「輝かしい成功」は、音楽で生きていくことだったのではないでしょうか。

マイナーな「ポエトリーリーディング」というジャンルで、売れようという決意に、時に世間の風は冷たかったと思います。

この歌詞は、旧友と飲み屋で過去のことを思い出して「自分たちが特別な存在であった」という答え合せをしています。

お互いの存在を確認し合い、「俺達ってまだまだ大丈夫だよな!」という慰め合いが、何のためにもならないということは本人達が一番理解している。

そういう後ろ向きな「虚しさ」も、明日の苦しい日々を生きていく原動力として発散する。

それが『pellicule』という曲の本質だと、アタシは感じます。

 

MV

 

恥ずかしいほどに真っ直ぐな言葉たち

不可思議/wonderboyの歌詞は、ストレート過ぎて「噛んでも飲み込めない」時があります。

それが、彼の魅力。

「暑苦しいほどの、熱量を持った言葉」を彼は吐き出し続けていました。

それを素直に受け取れる「タイミング」が合った人だけ、彼の曲、詩、生きざまに感動するのだと思います。

そうして、言葉で誰かを救うのだと思います。

 

さいごに

彼の新譜は、もう聴くことができません。

不思議と、「もう全て貰った、不足はない」という気持ちです。

それは、アルバムが傑作だったからという理由もありますが、彼の生きざまをリアルタイムで見れたからかもしれません。

素敵な曲達を、ありがとう。